601号室 / 可能的

possible

(記述)
食卓の上でジャンプしている赤い服半身像がワイドスクリーンモニタに、滞空状態にある全身が徐々に昇る像が3つの小さなモニタに、モヤモヤ揺れる木の像が天井にプロジェクションされる。

(契機)
食卓の上で動く像を示したかった。

(プロセス)
ジーン・ケリーの身体に関心があった。自身が端々まで制御している1例として。芸能としてのタップダンスは、芸術としてのクラシックダンスよりも、その踊りの型と制御の跡とのギャップがより印象的だった。その制御を、3画面に同時に映しだすことでパターン化することが適していると感じた。制御されていないようでされている樹木の現れと構造に関心があり、原林(人の手が入っていない森)など、その土地に特徴的な植生を訪ねている。そのコレクションから選択した。画面の青さ、モケモケした触感に注目した。上から空間全体に光を降らすことが適していると感じた。

(意図)
わたしたちの現実感は、さまざまな領域でそれを支えているプラットフォームにより生じている。一般的に、ときに精巧にときに偶発的に制御されているその存在は、注意をひかないように設計されているといってよいだろう。果たして現在、その設計姿勢は効果的だろうか。”現実感”についての考察を進めているが、その目的はより現在のわたし(わたしたちにつながるものとして)に適ったプラットフォームを構想することにある。その目的を確認しておきたい、というのが意図。

(困難だった点)
谷中ホテルプロジェクトでは、つくることで思考を深めることを第1目的として、制作環境を設計している。象徴から作業をはじめることは、すでに理解していることを表現する、ということのように思えて抵抗がついてまわった。実際はその目的は果たされたように思う。

追記:このノートについて
谷中ホテルでは、当初より毎回ご覧頂く際にこういったノートをお渡ししています。内容は主に、自分が何を目的として何を材料にして何を試みたのかを記したものになっています。

訪れる方には、自分の感覚を頼りに感じてもらう、この感覚する時間を過ごすことが最も提供したいことだけれども、その人がそこからなんらか思考を組み立てたいと思った場合に備えて、その足がかりとなるものを用意しておく必要があると思うためです。

今回は、どうしても文章のかたちにすることができず、上のような、任意の項目ごとに短い記述をすることで、なんとかノートを用意することができました。当初は三人称で書くことをはじめてだんだん一人称で書くようになり、今回にいたっては順序立てて連続的につじつまが合うかたちで語る形式では、自分の求めるような意味をなすものにまとまらないようになっています。